舞い上がれ2
- 2023/06/11
- 00:41

気球はバーナーの炎を吸い込んでぐんぐん上がっていく。
炎は上に3mも伸びているだろうか、
大きな火の塊が球皮の中に消えていく。
液体プロパンガスを炎に変えて推進力を出している。
「ズゴーン!ズゴーン!」という豪快な音。
2,000㎥の空気が80℃の熱風で舞い上がる音だ。
球皮に内側から音がぶつかって跳ね返ってくる。
そう、風船を口で膨らませた時のキューンという音の馬鹿でかいやつ。
猛獣の叫び声にも聞こえる。
地上は緑の大地、牧場が離れて行く。
秒速1mくらいだろうか、2mくらいか、静かに高くなって行く。
牛が驚いてこっちを見ている。
全員がこっちを見ている。
おもしろいなー・・・
牛が小さくなっていく。
空は曇っている。
どんより重苦しい。
午前7時の曇り空、玄関を出た瞬間に今日1日が憂鬱になるような、
灰色の空が低空に迫っている。
だから遠くまで見渡せない。
僕はこのままどこに連れていかれるのだろうか。
不安がよぎる。
それは高所に居る恐怖感ではない。
初飛行で、空を飛んで、一面の重苦しい雲の壁に行手を妨げられて、
跳ね返されるのか、呑み込まれるのか。
湿っぽい空気が初めての体験を後ろ向きにする。
高度計が150mを指す頃、
霧の中に突っ込んだ。

もう下の牧場は見えない。
目の前も、後ろも上も灰色に包まれて、何も見えない。
今まで生きてきた中で、何も見えない霧なんてなかった。
ここは50cm先が見えない。
これが雲の中の感覚か。
360度何もない世界にいる。
とても不思議。
僕の右手はゴンドラのワイヤーをつかんでいる。
左手は雲を触っている。
脳は高さを意識しているが、体はゴンドラから飛び出しても落ちるような気がしない。
まったく音も無い世界。
ただ時々伊野さんがコックを開いた時に聞こえるバーナーの唸り声が聞こえるだけだ。
そしてまた音のない世界が広がる。
雲の中は薄暗い灰色の世界があるだけで、その他何もない。
でも、がたがた揺れる。
風が吹いている。
風は上から下に吹いている。
上昇しているからだ。
バーナーを焚くと上昇する。
暫くすると風が無くなり安定する。
下から風が来ると、気球は下がっている。
気球の動きは肌で感じなければならない。
前後がまったく見えないんだから、どうしようもない。
予想のつかない、まさに霧の中では不安が増してくる。
このままどうなるのか、気持ちが悪い。
長い時間置き去りにされている感覚。

実際には5~6分だったかも知れない。
上空が白く輝いてきた。
希望の光が差し込んでいる。
益々光がまぶしく、雲がきらめきだした。
と、思った瞬間、
気球は真っ青な空の下にいた。

ものすごいきれいな藍色。
空が丸いような気がする。
地球の姿か?
目の前に広がるのは。
そしてゴンドラの周辺は真っ白な雲の絨毯。
ふわふわして綿菓子のようだ。
どこまでも広がっている。
高度計は650mになっている。
バーナーを焚けば、雲から離れて眼下に雲の海が見える。
これが僕が夢見た景色だ。
想像もできない、超現実的世界からのプレゼント。
大学1年から始めた気球作り、
ぷがじゃに投稿してメンバーを集めて、
アルバイトで買った球皮をミシンで縫って、縫って作った気球。
この世界を見たかったんや。
4年間かけて作った。
高2の夏、熱気球イカロス5号を読んで、
僕も気球を作って飛びたいと思って6年。
1980年7月。
僕は22歳。
やり続けて良かった。
最高やーっ!
真悠ちゃん、
もし君が気球に乗ってみたかったら、乗せてあげられるよ。
父ちゃんの友達はまだ気球を飛ばしてるから、
頼んでみる。
父ちゃんは琵琶湖横断熱気球レースにも出たよ。
1,000mの高さを気球で飛ぶのは爽快(そうかい)やで。
1回やってみる?
\(^o^)/