真悠が切り取った平成1.2012年3月23日9:49
- 2019/04/30
- 15:53

今日は平成31年4月30日です。
今日で平成が終わります。
明日から令和元年(1年)となります。
真悠は平成22年生まれです。
真悠にとって平成はどんな年だったかな?
パパは悲しい、つらい年代やったな。
商売は上手くいかなかったし、失敗ばっかり。
自分で会社を作って、何人か従業員もいたけど、
理想通りには売上出来なかった。
世間は厳しいし、自分も甘かった。
一人でまたチャレンジして、
すごく儲かった時もあった。
でも中々次が続かなかった。
ママと出会い結婚して、
幸せにしてあげようと頑張ったけど、
花は開かなかった。
申し訳ないと思った。
でも、仏様の教えのお陰で、
悪い道に進まず、
贅沢(ぜいたく)は出来なかったけど、
毎日普通に暮らせていたと思う。
尊い仏縁に遇って24年、
真っ直ぐお釈迦様の教えについて行けて良かったと思っている。
これだけは本当にありがたい。
パパが真悠に誇れる唯一(ゆいつ)のことやな。
まったくだめな人生やけど、本物に出遭えたことが、
俺の人生での救いになった。
自分で自分を褒(ほ)めるとしたら、
ご先祖様の廻向(えこう)をし続けてきたことやわ。
自分を生んでくれ、育ててくれた先祖を供養(くよう)すること。
これは俺にしかできない。
自分が頂いた仏縁と同じ功徳(くどく)を回し向けてもらえる。
親戚一同だれもやっていないことを、
俺は自分の力で出来ていることを、
感謝している。
俺がちゃんと箸を持てるのは、じいちゃんに教えてもらったから。
今も覚えている。
熊本の田舎で、小さな帆掛け船で蛸取りを一緒にさせてくれた。
俺が真面目に生きていけるのは、ばあちゃんや父ちゃんに叱(しか)られたから。
学校やクラブ活動や仕事を通じて、いろんな人に一杯教えてもらった。
だから、パパは生きている限り、みんなの廻向をして、
お礼がしたいと思っている。
平成で一番うれしかったことは、真悠が生まれてくれたこと。
生まれてきてくれてありがとう。
心からありがとうと思ったし、今も思っている。
幸せな時間を過ごさせてくれて、ありがとう。
真悠が生まれて、
商売が上手くいかないので、サラリーマンをして、
真悠とママを食べさせるために、介護の勉強をした。
これなら事業化できると思って。
俺は無謀(むぼう)で、ほんまにアホやは。
ママに相談もせず、事業資金にしようと、写真に写っているマンションを売ってしまった。
仕事をせず、勉強していたので、借金も貯まっていたのもあったけど。
なんとかせんとあかんと、必死やったけど、
やっぱり芽がでなかった。
また一から出直し。
パパは慎(つつ)ましくても、家族で楽しくやっていけると思っていたけど、
ママには耐えられなかったんやろな。
愛する真悠とも別れることになったし。
会うは別れの始めなりとは言うけど、
悲しいことです。
暗闇の中で一筋の光明は、お寺のご縁を頂いていたこと。
真悠と別れてもう3年になります。
真悠のことは1日も忘れたことはない。
その悲しさを癒してくれたのが貴美さん。
よう、俺みたいな人間、助けてくれたわ。
心から、ほんとうに感謝してる。
言葉も態度も荒いけど、菩薩の心を持っていて、
前向きに生きていく力を与えてくれた。
真悠とは一時的に会えないけど、
また笑顔で会えると思う。
61年間生きてきて、人生は苦難続きやと思う。
街で小さな子を見ると、真悠のことを思う。
若い女性を見ると、真悠は成長して、きれいな女性になるのかと思う。
子供を連れたお母さんを見ると、真悠も子供を産み育てるのだろうと思う。
おばさんを見ると、真悠もいろんな苦労を背負っていくのかなと思う。
おばあさんを見ると、この頃は俺はこの世にいないんやなと思う。
人生は重い荷を背負って行くようなものと、徳川家康は言ったけど、
実にそういうものかと思う。
重荷を軽くするのは「感謝」の心と思うから、
真悠は周りの人、全ての人、生き物、社会の全てに感謝して、
自分の人生を歩んでください。
平成も令和も時代が変わっても、人間は同じ。
感謝が喜びになることを、
真悠はいつ実感するかな。