今は昔から未来へ 第1話
- 2020/06/11
- 11:55

今日は2020年6月11日木曜日です。
近畿地方は梅雨入りし、雨が降っています。大雨が降るところもあるようです。
新型コロナも落ち着いてきて、人々も忙しく動き回るようになってきています。
さて、今昔物語の2話目ができたので、アップします。
前回の今は昔から未来へは18話にしたので、これから第1話から第17話まで作る予定やけど、
出来るかな?
このシステムではルビ(ふりがな)が()で出てくるので読みにくいけど、
そのへんはガマンしてな。
真悠も学校頑張ってるやろし、
父ちゃんも頑張ってみよう1
では第1話スタート。
今は昔から未来へ 第1話
放課後駅前のペットショップを覗(のぞ)き込んでいる高山さんを見た。
「仔犬かわいいね」
僕は躊躇(ためら)いもなく声を掛けた。
「あら、大沢君。ほんとね~。かわいいよね、プードルちゃん」
高山さんは、プーちゃん、プーちゃんと言いながら、仔犬に向かって手を振っている。
僕は値段を見てびっくりした。
・・・68万円。トイプードル。女の子・・・
「お父さんに買ってもらおうかな?」
「あっ、あほなこと言わんといて。68万円やで!何ちゅう値段や。信じられんわ。僕が1年間必死でアルバイトしても手に届かんわ」
僕は値段、間違ってるんちゃうかと、思った。この小さい毛むくじゃらの仔犬が68万円なんて、考えられん。
「こっちの子もかわいいなぁ」
高山さんが隣のガラスケースにいる犬を見てまた喜んでいる。
・・・チワワ。男の子、35万円・・・
「・・・嘘(うそ)やろ~、この世界。うちの近所のおばちゃんは、こんな高級な犬散歩さしてたんか。いつもヒョコヒョコ走ってるけど、そうなんや!」
笑顔でジェスチャーしている高山さん。頬の産毛(うぶげ)が夕陽に照らされて光っている。僕はこっちの方が仔犬の髭(ひげ)よりかわいいと思う。
僕はかすかに恋している自分にまだ気づいていない・・・
「高山さん、もう帰ろ。僕、腹減ったし・・・」
僕たちは、肩を並べて歩いた。
街は黄昏(たそがれ)てゆく。
街路樹がだんだん紅く染まっていく。
夕陽よ、沈まないで。もうすこし・・・・
二人をオレンジの光で包んでいてほしい。いつまでも・・・
僕たちはペットについて話をした。
保健所に引き取られて殺処分される犬は1年間に8,000頭、ネコは3万頭もいる。迷子になったり、捨てられたり。飼い主がかわいくなくなったからとか、引っ越しで育てられなくなったからとか、自分たちの理由で、動物の命を奪っている。
人間の身勝手やないか。今は保護犬を引き取って新しい飼い主を探してくれるボランティアが頑張ってくれて、殺処分される犬はすごく減っている。動物愛護法の改正で、生涯飼育することが飼い主に義務付けされたことも動物を助ける一因になっている。
「ねぇ、高山さん。犬って、かわいいだけじゃないよ。猟犬が主人の命を守って敵と戦う話が今昔物語に出てたよ」
「そうよね。忠犬ハチ公とか、日本にはいろいろ有名な話もあるね。その話私も読んだよ。ねぇ大沢君、今昔物語の【狗(いぬ)】と普段私たちが使っている【犬】はどう違うの?」
高山さんの質問に、僕は半笑いで答えた。
「今は使われない【狗】は、けものへんに句(く)と書きます。けものは犬を表し、句は小さくかがむことを表しています。だから仔犬または小型犬のことです。エッヘン!」
胸を張って、続けて言うよ。
「そして【犬】は、中国由来の象形文字で犬が耳を立てている姿を現しています。昔は使い分けをしていたのです。犬は大きさに関係なくイヌ科の動物を示していて、今はそれが標準的に使われているのじゃよ!」
「そうか、じゃあ今昔物語の狗は小型犬の猟犬のことだから、柴犬(しばいぬ)ねっ」
高山さんの顔が明るくなった。
【陸奥(みちのく)の国の狗(いぬ)山の狗、大蛇を咋(くら)い殺せる語(こと)】
巻第二十九 第三十二話
今は昔。陸奥(みちのく)(東北地方)の何とか云う郡(こおり)に住む身分の低い者がいた。
家に多数の犬を飼い、いつもその犬を連れて深い山に入り、猪(いのしし)や鹿の猟(かり)をしていた。
昼夜を分かたず、犬を嗾(けしか)けては噛(か)み殺し捕らえる猟を専(もっぱ)ら業(なりわい)としていた。
犬どももよく心得たもので、主人が一歩山に入れば、各々喜び勇み、主人の前に後ろになって駆け回る。
このような姿を見て、世間では犬山(いぬやま)といっているのであった。
ある時、この男、いつものように犬を引き連れ山に入った。食糧も二、三日分を用意して山に入ったのである。
そんな山で過ごしたある夜、大きな樹の空洞(くうどう)の中で休むこととした。
傍(かたわ)らには粗末な弓、胡録(やなぐい)(筒状の背負い式の矢入れ)、太刀を置き、樹の前でたき火をし、犬は皆その廻りに臥(ふ)して寝ていた。
ところが、数多(あまた)の犬の中でも特に優れて賢い犬、こいつは長年かけて飼い慣らし、目を掛けていた犬だった。
この犬が、他の犬が寝静まっている夜更(よふ)けにふと起き上がって、何を考えているやら、男の寝ている大木の空洞に走り寄ってきて、血相(けっそう)を変えて激しく吠(ほ)えるではないか、しかも男に向かって。
「これ、何をそんなに吠えるんだ?」
不思議に思い、周囲を見ても、吠えかかるような獲物(えもの)や不審なものはない。
犬は一向にやめる様子はない。それどころか、主人に躍(おど)り掛(か)からんがばかりに吠え続ける。
男は驚き、半ば恐怖を感じ、
「この犬は、吠えるべき相手も居らぬのに、わしに向かってこのように躍り掛からん程に吠えるとは、やはり獣(けもの)は獣。主(あるじ)が誰かもわからんのであろう。助けるものもないこんな山中でわしを喰い殺してやろうとでも思ったのか!」
「この野郎!斬(き)り殺してやる!」
男は太刀を抜いて脅した。
犬は吠えやむどころか、飛び掛かってきた。
〈こんな狭い空洞ではこやつに噛み殺されるぞ〉
咄嗟(とっさ)に躱(みをかわ)した男は、大樹の空洞から転がるように外に飛び出た。
犬は次の瞬間、男のいた空洞の上の方に跳(は)ね上がり、何かに食らいついた。
「わしに噛みつこうとしたのではなかったのか?」
では、こいつは何に食らいついたのか?
男は恐る恐る空洞の中をのぞき込んだ。
その時上から大きなものがドスンと落ちてきた。
〈なんだ?〉
犬は唸り(うなり)声をあげ、頭を左右に振って喰らいつき、何か引きずり出している。
よく見れば蛇であった。太さ六~七寸(二十センチ)はあろうかという大蛇で、犬に頭を強烈に噛みつかれ、耐えきれずに落ちてきたのである。なんと長さは二丈(じょう)(六メートル)もあった。
男は、蛇を目(ま)の当(あ)たりにして、これほどの恐ろしいものから守ってくれた犬の心根に胸を打たれた。
男が太刀で蛇を斬り殺して、漸(ようや)く犬は蛇の頭を放し、犬の群れに戻った。
なんと、梢(こずえ)遙(はる)かな高い大木の空洞に、大蛇が住むのを知らず、寄りかかって寝てしまったのをその蛇が見て、呑み込んでやろうと下りてきたのだった。
その蛇の頭を見た犬が、躍り掛かるように吠えたのであった。
それに気づかず、また上を見なかった主人は、
〈わしを喰い殺しに来た〉
と思い、太刀を抜いて犬を殺そうとしたのであった。
〈もし殺していたら、どんなに悔やんだことだろう〉
などと思い、朝まで眠ることができなかった。
朝になり、蛇の大きさを見て驚きと恐ろしさで、気を失いそうになった。
〈もし熟睡していて、この蛇に巻き付けられていたら、逃げられようもなかった。この犬はなんとありがたい、わしにとって、この世に二つと無い宝ではないか〉
そのような思いで、共に家に帰った。
これを思うと、まことに犬を殺してしまっていたら、犬も死に、主もその後蛇に呑み込まれていたであろう。
そんなわけで、何かことが起こったときは、よくよく冷静に考えてから何事もなすべきであろう。
このように滅多にないこともあるのだから。
と、語り伝えている。
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陸奥(みちのく)は平安時代の東北地方の呼び名で、以降は陸奥(むつの)国(くに)と呼ばれている。現在の福島県、宮城県、岩手県、青森県を有する大きな一国だった。
胡録(やなぐい)は、矢を入れて背中に負う武具である。平胡録(やなぐい)、壺胡録(やなぐい)など形の違いがあり、粗末なものに狩り胡録(やなぐい)があった。
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楠山正雄作「忠義の犬」(日本の諸国物語・講談社学術文庫)では、この作品と違い犬は主(あるじ)に斬られて死んだけど、斬られた首が飛んで行って大蛇に噛みつき、主を守ったんやて。主の猟師は、涙を流して感謝し、りっぱなお墓を建てて供養したとのこと。
日本に昔からいる犬は、〈和犬わけん〉とか〈大和犬やまとけん〉と呼ばれてる。秋田犬(あきたいぬ)、甲斐犬、紀州犬、柴犬、四国犬、北海道犬の6種類が国の天然記念物に指定されている。みんな猟犬で、番犬として家の外で飼われていた。飼い主に忠実で、飼い主以外には警戒心が強い。
今はペットとして家の中で飼われている犬が多いよね。だいたいはチワワやトイプードルみたいな小型犬や洋犬だけど、中には和犬や大型犬が好きで家の中で飼っている人もいる。
この物語は東北地方が舞台だから、犬は秋田犬か柴犬だろうね。どちらも賢くて、信頼する主人には忠実で、深い愛情を持っている。狗は小型犬を指すので、柴犬で間違いないかな。柴犬は自立心が強く、主人の命令が無くても自分の判断で獲物(えもの)を獲(と)る。クールで、ベタベタ甘えてくるような性格ではない。
主人の危険を察知(さっち)して、命がけで主人を守ろうとした賢い狗やね。
天然記念物に指定されるくらいだから、絶滅が危惧されている貴重なワンコなんや。
「バイバ~イ!また明日」
僕たちはそれぞれの家に向かって、交差点を右左に分かれて行った。お腹の虫がグ~グ~鳴いた。あー、腹減った。